市場に投入する商品は年間1000点以上 アイリスオーヤマに学ぶ商品化の意思決定プロセス

市場に投入する商品は年間1000点以上 アイリスオーヤマに学ぶ商品化の意思決定プロセス

「マーケティングのヒント」は、さまざまな専門家や記者のみなさまの見解をご紹介するコラムです。

ニーズの移り変わりやすい現代で、年間1000点の新商品を市場に投入するというスピード感でビジネスを続けているのがアイリスオーヤマ株式会社(以下、アイリスオーヤマ)です。

その判断の速さは、コロナ流行初期のマスク不足時に生産ラインの一部をすぐさまマスク製造に充てたことで脚光を浴びました。

このような柔軟な即断力や実行力はどのようなところから生まれるのでしょうか。また、他の企業は何を学べるでしょうか。

目次[非表示]

  1. 1.工場の改装までも早期決定
  2. 2.増産体制に入れたのは「たまたまではない」
  3. 3.スピード感を生む「プレゼン会議」
    1. 3.1.日本式「PDCA」の問題点
  4. 4.「多能工化」と「設備の余裕」
  5. 5.「穴は深く掘るほど細くなる」
  6. 6.CCCマーケティングからのお知らせ

工場の改装までも早期決定

新型コロナウイルス感染症が日本で流行の兆しを見せたとき、国内ではマスクが入手困難になるというパニックが生じました。

その際、国内企業で真っ先に自社の製造ラインをマスク製造に充てることを発表し、話題になったのがアイリスオーヤマです。

マスクの品薄は2020年の2月頃から始まりました。
そして、アイリスオーヤマが政府の要請に応じる形で宮城県の角田工場の一部を改修してマスクを増産すると発表したのが3月末のことでした。約10億円を投じ、月に6,000万枚を供給するという計画です。
国内への供給能力をじつに8割も引き上げたのです。

アイリスオーヤマはもともとマスクを手がけていた企業とはいえ、ここまでのスピードで資金、設備、人的リソースの大幅投入を決断することはなかなかできません。

目の前に大きな需要があることは分かっていても、どのラインをマスク製造に充てるか、人員はどうするのか…といった判断には時間を要するのが通常でしょう。

では、アイリスオーヤマのスピード感はどこから生まれたのでしょうか。

大山健太郎会長はこの判断が可能だったのは「たまたまではない」と語っています。

増産体制に入れたのは「たまたまではない」

大山会長はこのように述べています。

増産を即決して人と工場をすぐに動かせたのは、たまたまではありません。そこには「スピード」「多能工化」「設備の余裕」という当社ならではの3つの特徴が大いに貢献しており、我々の経営のカギはそこにあると考えています。
引用)「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年2月号 p31

この3つについて、それぞれ見ていきましょう。

スピード感を生む「プレゼン会議」

アイリスオーヤマは日常的に驚くべきスピードで市場に商品を投入しています。
その秘訣が毎週月曜日に開催される名物の通称「プレゼン会議」です。

この会議には新商品のプレゼンテーションをする開発担当だけでなく、営業、広報、物流担当とあらゆる部門の責任者、そして役員、社長、会長までもが同席します。
そしてアイデアが通ればその場で商品化を決定し、その場で社長が判を押すのです。

(多くの企業は)まず事業部やカテゴリーごとに担当者会議を行い、アイデアが出たら部課長会議にかけて、そこで認められた企画を取締役会に上げるというやり方です。自分たちの手を離れたら、上層部の判断を待つしかありません。そして上に行けば行くほど、ジャッジに要する時間が長くなり、最終的にやるかやらないかの決定を下すまでに半年以上かかることも珍しくありません。
引用)「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年2月号 p31

一方でプレゼン会議は朝から夕方までぶっ通しで実施され、1日に50件ほどの案件を処理します。パッケージデザインまでその場で決めてしまうという速さです。
午前中に商品化が決定すればその日の午後から商談を始められるといった具合です。
提案者がそのまま開発責任者になり、各部門が一斉に走り始めるのです。

日本式「PDCA」の問題点

「PDCA」サイクルという言葉がよく使われますが、この「Plan(計画)⇒Do(実行)⇒Check(評価)⇒Action(改善)」を丁寧に見ると下のようになっています(図1)。

PDCAサイクルの詳細

図1 PDCAサイクルの詳細
(出所:「課題解決の基礎」中小機構)
https://keieinohint.smrj.go.jp/about.html 

上記の大山会長が指摘するのは、「Plan」にかかる時間の長さです。多くの部門にまたがり、広い階層に諮らなければならないのが「Do」に進むまでの「手続き」と言えます。この手続きに「ムダ」を感じたことのある人は多いのではないでしょうか。

この図を強いてアイリスオーヤマに当てはめるとすれば、まさに「Plan」の部分を極度に圧縮し、週に1度の「プレゼン会議」の中に押し込めているとも言えます。
「あちこちで様々な会議を開いて回るより、全ての責任者が一同に集まれば済む話」という単純明快な発想とも言えます。余計な「手続き」を省いているのです。

そして、当日中に「Do(実行)」に入ります。提案者がそのままリーダーになるのですから、新しいプロジェクトチームの人選に時間をかける必要はありません。

「多能工化」と「設備の余裕」

そして大山会長が自負するのが、従業員の「多能工化」です。
これは、企業の危機管理のために生まれた対応なのだといいます。

危機が起きた際に迅速な対応をするには、誰がやるかも非常に大切なポイントです。非常事態では何に重点的に取り組むべきかが頻繁に変わりますが、一人にできることが多ければ多いほど、その時々で必要とされる仕事にリソースを集中することができます。
引用)「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年2月号 p31

そして驚くべき事に、アイリスオーヤマは先行投資として工場敷地の3割を空けている、つまり設備稼働率を常に7割に留めているのです。そしてこの余裕が、急遽のマスク増産を可能にしたのです。

設備稼働率を低く抑えているのはチャンスロスを回避するためです。今回のような非常事態はいつどこで起きるのか誰にも予測することはできません。
しかし、普段と違う業務もこなせる「多能工」と「設備の余裕」があれば、すぐさま新しいことを始められるというわけです。

環境変化で生じたチャンスを確実にものにする。
ピンチをチャンスに変えるとは、まさにこのことでしょう。危機に強い組織でもあるということなのです。

「穴は深く掘るほど細くなる」

なお、アイリスオーヤマはロングセラーに頼らず、新商品を次々と展開し、移り変わるニーズに応え続けるビジネススタイルを取っています。2018年度では、売上高に占める新商品の比率が6割を超えるほどです。ユーザーが欲しいと思ったものを即商品に反映する機動力が何よりもウリなのです。

大山会長はこのようにも語っています。

経営者が集まる場で「いま、何を扱っているのですか」と聞くと、いつも同じ商品しか扱ってない会社が多い。会社の基本方針として特定の分野を深く掘るのはいいとしても、その穴は深く掘るほど細くなり、大きくはならないのが現実です。
引用)「ハーバード・ビジネス・レビュー」2021年2月号 p37

これは多くの日本企業が陥りがちな現象かもしれません。

職人技をもって、とことんひとつの分野を極める。
もちろんそれ自体は悪いことではないのでしょうが、どこまで掘っても穴は「大きくならない」というのです。

大きな穴にならないことを覚悟で深い穴を掘り続けるのか。
ユーザーニーズとともに時代を渡り歩いていくのか。

これは企業の経営理念の根幹に置かなければならない課題でしょう。
中途半端では、どちらも実らないのです。

清水 沙矢香さん

清水 沙矢香
福岡県出身。2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や統計分析を元に多数メディアに寄稿。

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